弁護士 小賀坂徹です。
夏休みに結構まとめて映画をみた。
ハリウッドや日本映画の大作に興味がないわけでは全くないが、この夏みたいと思ったのは「シン・ゴジラ」だけだったので、シネコンではほとんど上映していない作品を中心にみたのだが、思いのほか面白い映画に出会えたので簡単に紹介してみる。
(一部ネタバレがあります。)
1980年代半ば、アイルランド、ダブリンの高校生(主人公)がバンドを結成し、成長していく、そういう意味ではベタな青春ストーリー。
でも理屈抜きに心を奪われる。無条件のトキメキと高揚感。サイコー。
音楽も効果的で、デュラン・デュラン、ホール&オーツ、クラッシュ、ジャムなど当時の懐かしい音楽だけでなく、
主人公のバンドの演奏するオリジナルの楽曲も素晴らしい出来栄え。ボクにとっては、ここ数年でナンバーワンの映画だった。
権威に対する抗い、切ない恋、家族との葛藤といった「これならバンドやるしかないっしょ」という要素を余すところなく描きつつ、それらを極めて良質に昇華させていく巧みさは見事。曲がりなりにもバンドをやってきた身としては、心躍らないわけにはいかないのだ。
ラストの主人公が彼女と小さなモーターボートに乗ってイギリス(ウェールズ)に渡ろうとするところは、「小さな恋のメロディ」のラストのトロッコのシーンを想起させる。
ただ「小さな恋のメロディ」のトロッコが大人社会からの逃避をイメージさせたのと違って、本作のモーターボートは明確な目標に向かう航海そのものであり、
それ故に荒天の海に象徴される多くの困難とその反面の力強い希望を意識させ、胸が熱くなる。
希望だけを胸に抱いた大胆で無謀な挑戦。こんな生き方をずっと貫いていきたい。
あまりによかったので3回も観てしまった。最初は一人で、あと2回は子どもたちと。。
またバンドやりたくなった。
「セトウツミ」
最初から最後まで大阪の高校生瀬戸(池松壮亮)と内海(菅田将暉)が、ずっとしゃべってるだけで、一切何も起こらない映画。
「ケンカもしない。部活もしない。壁ドンもない」というキャッチコピーどおり。
それでいて終始笑えて、少し切なくていとおしくて引き込まれる。監督と俳優の力量なんだろうな。
佳作というより傑作。ホント面白い。これももう1度みたい映画だ。
あのアドルフ・ヒトラーがタイムスリップして、現代のドイツに現れるというお話し。
本物のヒトラーだがもちろん誰もそれを信じるわけはなく、最初は完成度の高いモノマネ芸人として一種のキワモノとしての人気を博し、視聴率を取りたいテレビ局の思惑から多数の番組に出演する。
しかし、彼は新聞スタンドに寝泊まりしながら新聞を読み漁り、あっという間に現代の政治課題を学習してしまう。
そして、テレビに出演した際、例の早口でまくしたてながら徹底的に相手をこき下ろしていく手法で、次第に現代の国民の心を捉えていく。
この描き方がリアルで秀逸だ。
また、現在のネオナチの幹部に「お前らのやり方は生ぬるく、なっていない」と説教を垂れるところなどは、ブラック過ぎて笑えない。
かくのごとく大衆は危うく、今でも簡単に衆愚政治に陥る(あるいはすでに陥っている?)ことをこれでもかと描いてみせる。
これをみて、この国の今の首相というより、前の大阪市長を強烈に思い出した。彼の政治手法はまったくここに描かれたとおりで、本当に彼はヒトラーに学んだのではないかと思った。
ラストにドイツのトルコ人移民排斥のデモのリアルな映像とヒトラーの顔がダブって写し出されるが、マジでゾクッとする。
歴史は繰り返してはならないが、繰り返さないとも限らない。今の私たちにその知恵は備わっているのか。そのことが問われている。
「ローマの休日」などの脚本家で共産党員でもあったダルトン・トランボの半生を描いた実話。
ハリウッドの赤狩りでずたずたにされ、超売れっ子脚本家でありながら本名で書くことさえできなくなった状態から、復活を遂げるストーリー。
映画人として、映画で得られた富を映画作りを支えている労働者にも公平に分配せよと当然の要求をすることがソ連のスパイだとされ、ハリウッドから追放されていく。
共産党員であろうと民主党員であろうと関係なく、仲間を売らないとスパイ一味とみなされ追放される、そのことを避けるため嘘をついてまで仲間を売ってしまう恐ろしさ。
それはさながら魔女狩りの様相で、特異な記者やジョン・ウェインなどの俳優がメディアも駆使しながら攻撃を強め、議会がさらに追い打ちをかける(「マッカーシズム」のかのジョセフ・マッカーシー上院議院も登場する)。
僅か50年ほど前に「民主主義の国」アメリカで、表現者が集うハリウッドで、実際に起きたことだと思うと震撼とする。
結局トランボを救ったのは、自身の信念と不屈の闘志に加え、圧倒的な筆力というか才能だった。
エンターティナーとして大衆の心を捉える才能が、最終的にはトランボを表舞台に押し上げた。でも逆にいえば、それほどの天才でも簡単に弾圧され追放されてしまうということなのだ。
トランボを救ったのが、カーク・ダグラスの「スパルタカス」という作品だったのは驚きだった。みていない映画だけど、機会があればみてみたいと思う。
「シン・ゴジラ」
ゴジラ世代(といっても核実験をテーマとした第1作でなく、ゴジラが地球の英雄としてキングギドラなどの宇宙怪獣と戦うシリーズ。夏休みのたびに夢中で見に行っていた)のノスタルジーからみようと思った映画。自衛隊があまりに前面に出てくるところが鼻についたが、面白かった。
解説や評論の類を一切みてないので、作者がどのような意図で作ったのかを知る術はないが、「災害」の発生に右往左往し、延々と繰り返される会議のシーンからは「3.11」を想起する人が多かったのではないだろうか。ボクはずっとそうだった。
結局、解決策を示しえたのは学者も官僚も政治家も異端者だけで作られたチームであり、最後の決め手が貧乏くじを引かされて臨時総理となったまったく冴えなく描かれた政治家の交渉力だったところは、少しばかりあの震災にかかわった身としてはカタルシスを感じた。特に総理大臣が「御用学者じゃどうにもならん」と嘆くシーンは痛快そのもの。
そしてゴジラは、まぎれもなくF1(エフイチ・福島第1原発)なのだろう。
東京駅の真ん中で冷温停止したまま動かないゴジラの姿は、「アンダーコントロール」とはほど遠く、事態は何も終わっていないことを物語っている。これは深読みなのか。
みたかったけど、見逃してしまった映画。
これはナチス・ドイツ時代のベルリンオリンピックに出場した黒人アスリート、ジェシー・オーエンスの物語。
彼は陸上種目で4冠を獲得し、ゲルマン民族(白人種)の優位性を示そうとしたヒトラーの思惑を打ち破ったヒーローだった。
今年のリオオリンピックでルノー・ラビレニ(フランス)が棒高跳びの試技のたびにブラジルの観客からブーイングを浴びた際、ベルリンオリンピックの時のオーエンスに対する観客の態度を引き合いに出して抗議してたから、とてもタイムリーだったと思う。
「帰ってきたヒトラー」「トランボ」そして「栄光のランナー」がほぼ同時期に作成されたことに、やはり意味を感じざるを得ない。
暗い時代に向かう予感がしているのは日本だけに限られず、そしてそれに抗う動きも世界で起きているのだ。